内容の濃かったアメリカGP。ボッタスをなんと20周も抑えた角田裕毅の活躍や、フェルスタッペンの簡単ではなかった勝利のプロセスと最終ラップのドラマがあった。またメルセデスはフロント・リアウイング、リアサスペンションをなぜモデファイしたのか……など、気になることも。元F1メカニックの津川哲夫氏に解説してもらった。
文/津川哲夫、写真/Mercedes-Benz Grand Prix Ltd,Red Bull Content Pool
■メルセデスがここに来てフロント・リアウイングとリアサスペンションをモデファイした理由
ソチやイスタンブール同様、ここオースティンでもメルセデスはトップスピードの速さを誇示していた。金曜日のプラクティスではレッドブルでも太刀打ちできないのでは、との見方が大勢を占めていた。
ところが、いざ予選が始まるとポールポジションはレッドブルホンダのフェルスタッペン。ハミルトンは2番手、それも真後ろにはペレスがいてレッドブルによるサンドイッチ状態になってしまった。ボッタスはペレスの後ろ4番手タイムを記録するも、6回目のエンジン交換を余儀なくされて9番手スタートに降格、ハミルトンには直近のサポーターがいなくなってしまった。
メルセデスのトップスピードは速いが、これでアドバンテージを得るにはぎりぎりのダウンフォースで勝負に出るしかない。
メルセデスは床下のベンチュリー効果でスピードに応じた計算上のダウンフォースを確保するタイプで、大きな車高変化を嫌い、サスペンションは少ない稼働幅とロールをロックした構成でスピードなりの床下ダウンフォースを得て、足りない分を前後ウイングなどに頼る方式がとられてきた。
しかし今シーズン、ホンダPUのパワーアップが進みメルセデスと僅差となったために、大きなドラッグを発生する前後ウイングによるダウンフォースの増加は望めなくなった。
これに対処するためメルセデスはリアサスペンションの稼働量を増やし、上下動を増加。メルセデスは本来のコンセプトに反して、業界最小角のレーキを動かし、レーキによるダウンフォース制御を始めた。いわばレッドブル型のサスペンション稼働をリアに与えて、ドラッグの軽減を計ったのだろう。
さらにあくまでも見た目だけの話しだが、フロントウイングのフラップが加減速・ストレートスピードに応じてたわんでいたように見えた。
もしもこの両方が作動していたとしても、トップスピードは高く、コーナリングは今までと変わらないはずだ。
またこれほどドラッグの削減を図るのは、ダウンフォースをドラッグのためにこれ以上削れない、必要最小限の状況なのではないだろうか。
■メルセデスを追い詰めるレッドブルのピット戦略
それを裏付ける話として、スタート直後にハミルトンに抜かれ2番手を走行中のフェルスタッペンは無線で「奴はそこら中でテールスライドしているぜ!」と報告している。ここでフェルスタッペンとレッドブルはハミルトンのマシンがスピードはあってもグリップ不足でタイヤにきつい状態であることを見破ったのだろう。
リアタイヤにきついこのサーキット、誰もが2回のタイヤ交換作戦だが、レッドブルは僅か11ラップでフェルスタッペンをピットに入れ、早めのアンダーカットをハミルトンに仕掛けた。
この間ハミルトンは後方に迫りくるペレスにアンダーカットを仕掛けざるを得なかった。したがってフェルスタッペンに大差をつけることなく13ラップ目にピットイン、ペレスも同時にピットに飛び込んだ。おかげでフェルスタッペンは悠々とハミルトンの前に出てアンダーカットを成功させたのだ。
ペレスはメルセデスに大きなプレッシャーを与えることで、フェルスタッペンの先行に貢献した。
レッドブル軍団の強みはペレスだけではない。前回イスタンブールの雨の中、スタートからハミルトンを9周にわたって抑えたアルファタウリホンダの角田裕毅もレッドブル編隊の一画をなした。
■角田裕毅がメルセデスの連携を断ち切る重要な役割を果たした
角田はスタートでボッタスとガスリーを抜き、実に20ラップに渡ってボッタスを抑えた。9番手スタートのボッタスだったが、本来なら20ラップ後には3位走行のペレスを威嚇出来る程の位置にいるはずが、角田の好走に足止めされ、単独レースに終始した。角田は見事にメルセデスの連携を断ち切り、ガスリーがトラブルで消えてもレッドブルトライアングルの編隊を維持して、しっかりと9位2点のポイントを獲得。角田の走りはシニカルなジャーナリスト軍団も驚かせた2レース連続の好走であった。
レッドブルは2度目のピットインを30ラップ目に決行、僅か19ラップ使用のタイヤを捨て、新タイヤで27ラップを走らせる過激な作戦でハミルトンにアンダーカットを仕掛けた。
ハミルトンは3位のペレスに大差をつけていたが、プレッシャーは大きく、アンダーカットを仕掛けられたことで予定より6ラップ多く走る作戦に変更せざるを得なかった。唯一の希望は、「7ラップ分新しいタイヤ」であり、ここに僅かなチャンスが残されていた。
ハミルトンの追い上げは凄まじく、8秒の差は最終2ラップ前には1秒台にまで縮まり、もしもDRSゾーンに入ればフェルスタッペンを抜くのは可能だ。しかしフェルスタッペンも負けずに1秒差を維持。
■最終ラップにドラマ。DRSを開いたトップのマックスは、ハミルトンを引き離した!
フェルスタッペンの前には周回遅れのハースを駆るシューマッハ。本来ならば彼は道を譲らなければならい。ここでフェルスタッペンは「前のクルマをどかせろ!」とピットに無線送信するも、19コーナーまでに抜けずいると、ハミルトンがすぐ後ろに来た。
シューマッハは19コーナー後にフェルスタッペンとハミルトンを抜かせ、2台は最終20コーナーにテールツーノーズで進入する。
ところがここでDRSを開いたのは先行するフェルスタッペン、彼はシューマッハの1秒以内に入っていたのだ。後方のハミルトンはDRSが開かずメルセデスはトップスピードでのアドバンテージを失いフェルスタッペンに引き離されてしまった。ここで事実上レースが決まってしまった。
そう、DRSの計測ラインは19コーナー手前、ここで1秒以内に入っていればDRSを使えるのだ。19コーナー前でシューマッハを抜けなかったのは、抜かなかったと考えても良さそうだ。ならばフェルスタッペンの頭脳がアメリカGPを征したといっても良いだろう。こんな凄まじい戦いはまだまだ続きそうだ。
TETSUO TSUGAWA
TETSU ENTERPRISE CO, LTD.