エフワンと言うカテゴリーのモータースポーツが正式に世界選手権として始まったのは1950年5月、場所は英国のシルバーストーンサーキットから。つまり今年2020年は、何と70周年と言うことになる。
一口に70年と言うとさも長い時間の経過、もっと言えば歴史的なんて言う人もいるかもしれない。そりゃ70年なら、今このコラムを読んでくれている読者の、おそらくほとんどの人は産まれていなかったかもしれない。(あくまでも「ほとんど」であって、それ以上の年齢の読者がまだ多くいらっしゃる事は重々承知しておりますが…)。その前にオイラはその1950年5月よりも僅か5ヶ月前にこの世に生を受けているので、学年こそ違うが(4月入学の日本式年度ならばで、もし9月入学の欧米年度で言うならば、まさに同学年!)同い年と言っても良いだろう。
そう考えると何が歴史、何が中古、何が古物!!オイラはまだ人生現役だぜいっ!!などと言ってしまいそうだけど、何も鼻から荒い息を吹き出して肩を怒らせる程の事じゃない、実際オイラ結構ロートルを意識しちゃっているし…
まあ70年間は確かに短い時間じゃない。実際人生70年持てば人生を全うしたと言えるかも。F1が始まって70年、この間F1だけでなく自動車科学はまさに日進月歩、恐ろしく進歩してきた。70年の時間を追ってF1と自動車技術を振り返って見ると、70年前と変わらないのは4輪タイヤ(F1には6輪もあったけど…)ぐらいなもの。それもタイヤの形状や構造などは全く変わり、丸いと言う意識以外での共通項はほとんど無いに近い。
これはF1だって一般の自動車だって同じことだ。70年の進歩は機構や形、車への意識や価値観をも大きく変化させてきた。
1950年、初代F1チャンピオンはイタリア人のジョセッペ・ファリーナ、この時彼の駆ったチャンピオンマシンが“アルファロメオ・ティポ・158”フロントエンジンの実に美しいマシンだ(もちろん個人的な意見だけど、このT158は僕のF1感の中で最も美しいF1カーの一台だと思っている)
現在のF1はやたら多くの厳しい規制の中で造られていて、巨大なコンピューターが、それを人間がやっていては途轍もなく時間のかかる演算を数秒で解析し、膨大なデーターを使ってほぼ完璧に近いシミュレーションを可能にしている。
そんな近代的な目線でT158を見つめれば、もちろん70年前の技術、デザイン、そこには現代では不合理なものや、常識に外れたようなアイデアが見られ、エアロも自動車力学も現在から見れば稚拙に見えてしまうかもしれない。しかし現在の若いエンジニア達は膨大な資料やデーターが既にインプットされているスーパーコンピューターを駆使してCFDや力学解析を行い、凄まじく高価で高度な3DCAD(コンピューター・エイディッド・デザイン︶任せで実に難しい図面を簡単に描き出してしまう。そしてこの装置は紙の上に描く三面図では描くことが極めて難しい形さえ、CADのマウスだけで描けてしまうのだ。また3Dプリンター・ラピッドプロトタイプを駆使すれば、通常板金加工や機械加工、キャスティング(鋳物)等では決して造ることの出来ないパーツをいともたやすく造り出してしまう。途轍もない技術の進歩だ。もっと言えば、人間では創造することの出来ないパーツが今やCAD-CAMと3Dプリンターで出来てしまう時代なのだ。
しかし70年前にはそんなデザインエイドは何もなく、データーの裏付けも殆ど無く、工作機械も今ではアンティック扱いされる旧式で基礎的で精度の悪い機械ばかりだった。もちろん風洞施設もなく、エアロはデザイナーの感性が全てであり、その裏付けは走った結果が速いか遅いかで判断されていた。
そんな70年前に当時のデザイナー達は白紙の製図用紙に鉛筆で一本線を引く事からデザインを始めている。経験とアイデアとノートに書き込んだ記録を数少ないデーターとして使いながら、より良いマシンの誕生を信じながら白紙に一本の線を走らせていった。
このT158は何と1938年に産まれ進化を続け、F1世界選手権が始まるずっと前から13年間もグランプリレーシングでその名を馳せていた。近代モータースポーツで同じ基本設計が13年間も第一線で戦い続けられたマシンはこのT158以外には滅多にお目にかかれない。
一枚の白い製図用紙に最初に描かれた一本の線、エイドのない創造の過程の第一歩。その線に込められたデザイナーのアイデアと意思、思い込みや願望、そして感性や美意識…現在の科学水準にはまだ遠く及ばない時代に溢れていた創造への願望、現代の設計者がどこかに置き忘れてしまった心意気。
T158の時代、確かに存在していたもの…それは多分…ロマンなんだろうな…なんてもはや死語になった言葉だけど…こんな臭い言葉…F1とオイラの古希に免じて…勘弁勘弁!!
初出:ストリートミニ