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エンス冥利につきるワークスミニ 〜ミニ大好き!! 津川哲夫のほうぼう日記特別編 in UK〜

ホビーとしてのクラシックエンスを大いに楽しむことが由緒正しき英国スタイル。
38年もの時間を費やしライフワークで行ったワークスミニのレストア。
オーナーであるカーター夫妻の若き日の思い出とミニの歴史が詰まったガレージの物語。

 英国にはクラシックカーのエンスージャストが実に多い。溢れんばかりの資力を持ち、巨大な倉庫に数十台もの名だたる名車を保有している超リッチエンスが多いが、その多くはそれらのクラシックも彼ら自信もあまり表には現れずプライベートな至福の時を過ごす実に羨ましいジャンルの人達だ。

 しかしそんなリッチではなくても流石に英国、クラシックエンスはあらゆる場所に潜んでいる。
 ちなみにグラハム・カーターさんは我が町の御近所さん、既に年金生活に入っているお歳。彼のホビーは若き日からずっと車であったと言う。現実に彼のこれまでの人生の中に数多くの車が絡み、その思い出の車達が彼のクラシックエンスの魂を揺さぶり、街角バックヤード・クラシックエンスへと後押ししている。だいたい自宅の横に建てられているガレージは、車2台分と作業用のスペースに独立した工作機械室まである生粋のガレージエンスだ。ガレージにはぴかぴかの巨大なマルコスV8と供に見事にレストアされたオースチンバッジのクーパーS。1968/’69年型。これをBMCワークス・ビルダーのレジェンドメカニック、デーブ・ギルバートにフルレストアを依頼。このレストア中に解明されたことは、このミニ実はBMCワークス・ラリーカーのオリジナルであったこと。メインの競技車輌のスペアーカーとして造られたワークス・ラリー・ミニだそうだ。内外装供にワークス仕様でヘッドライトは’66年のモンテカルロラリーで失格理由となったシングルフィラメントライトバルブが搭載されていたと言う。現在オリジナルと違うのは現行車検を通す為にこのヘッドライトとホイールアーチ(オーバーフェンダーのこと)の搭載。カーターさん本人は
 「搭載したくはなかったが、法律上仕方なく・・・」
と小声で言い訳をする。

左右に燃料タンクを持ち、突き出たツインタンクの注油口が。もちろんクイックキャップが使われミニエンス憧れスタイルだ。巨大なリバースライトはルーカス700フォグランプ、フロント補助灯と同じサイズのものがトランクリッドに埋め込まれ、このトランクリッドのキャッチはラバーベルトのボール式。リヤーウィンドには曇り止めパネルが張られている。バンパーの下にはクイックリフトジャッキ用のブラケットを二つ持ち、シンプルなセンター排気管で、バッテリーボックスにはアンダーガードが装着されている。オリジナルのクイックジャッキもあるそうだ。

外装やエンジンだけでなく、インテリアもオリジナルのままだ。シンプルな操作系とナビ用品。トリップはハルダツインマスター、タイミングはホイヤーのラリーマスター、どちらも現在では手に入らない高価な骨董品だが、もちろん現役で働いている。消火器と巨大なウィンドウォッシャータンク、油圧、燃料、ブレーキライン等もスタンダードは床下だが、ワークスラリーマシンは皆室内を通り、外傷から護っている。リヤーシートの下には、燃料の配管、油圧ライン、ブレーキラインが集まり、それぞれにバルブやアジャスターが搭載されていて、バルブ等で調整が可能だ。また補助としてナビ側のドアポケットにはナビランプが装着されている。

 実は奥方のバーバラさんもミニ好きで、御夫婦でこの素敵なレストア・ワークス・ミニを愛でている。朽ち果てかけたミニを購入したのが1982年、実に38年に渡りオーナーとして維持し続けているのだ。もちろんそこには38年間の歴史と思い出が詰まっている。
 グラハムは知り合いのバックヤードに忘れ去られていたこのミニを発見し、購入した。このミニはカーターさんのガレージに94年までは手付かずで保管されていたが、一念発起して本格的なレストアをすることに決めデーブ・ギルバートに依頼した。しかしレストアが進むうちに、諸事情でレストアの資金不足となり、中断と再開を繰り返し、現在の状態に至るまでに何年もかけて念願のリビルトを成し遂げたのだ。このワークス・ミニのレストアにはミニという自動車を介して若き日のカーターさん御夫婦の生活の思い出が満載されていると言う事なのだ。

ごく普通の住宅としては幅も奥行きも異様に広々としたダブルガレージは通常のサイズを大きく超えて、車の周りに広いワーク・スペースが確保されている。このガレージには特注された真っ赤なボディーカバーに覆われて2台のマシンがひっそりと息を潜めていた。一台はオーナーの日常の楽しみの為に、もう一台はオーナーの生きてきた時間の証の為に、ここはそのオーナーが自分の歴史と遊ぶ至極の空間。車エンスには垂涎の遊び場である。
 奥行きのあるガレージにはツール棚、ツールボックス、コンプレッサーを備え、パーツ棚には各種パーツとレーシング・ゴーカート。赤いツールボックスの裏のスペースは工作室。ボール盤やグラインダー・・等DIYの必要機器が揃っている。赤いボディーカバーを剥ぐってみれば、そこには巨大なマルコス・マンタラ– R84 AVR v8 の横には、小さいながらもその存在を誇示するように、BMCワークスレッドの オースチン・ミニ・クーパーS、観ての通りのワークスラリー仕様が。
前後のサブフレームもワークスラリー仕様の強化型、もちろんオリジナル。グループ2ホイールアーチはほぼオリジナルに近いが現行基準型。エッジフィニッシャーはオリジナル。ホイールはワークス純正競技仕様5.5J-10インチのミニライトマグネシウムホイール。これにダンロップのSPスポーツタイヤが履かれていて、ターマックステージ用だ。フロントウィンドスクリーンはヒーテッドで曇り止めを施している。4ウェイワッシャーノズルもワークスならでは。

 自宅の脇にホビーの為に新ガレージを増設したときもバーバラさんは反対しなかったとグラハムは嬉しそうに語る。これに奥方は「資金的には辛かったけど、グラハムの楽しそうな顔を観れば反対なんか出来なかった」と優しくグラハムの肩をなでる。ホビーとしてガレージを建て、歴史に残る名車ワークス・ミニを自分の背丈にあったペースでレストアを完成させた。
 38年の時間をかけてのライフワークに近いミニのレストア。ミニの歴史を保有する喜び。グラハムがそんな至福の時間を持ち続けられているのも、もちろんバーバラの理解があっての事だ。クラシックカーのレストアとミニへの深い愛着を持つグラハムを理解し優しく見つめその至福を共有する、そこには仲睦まじい夫婦の姿があった。
 また、こんな素敵な夫婦の関係を保てるのはやはり、グラハムの堅実なやり方があるからだろう。彼は金銭的にも家庭での時間や仕事にも負担をかけず足を踏み外さない ”大人のわきまえ“が確立していたからなのだ。
 ホビーのあるべき姿・・もちろん街角ミニ・エンスのあるべき姿をグラハムが具現化しバーバラが優しく支えているのだ。

ガレージから出されたオースチンクーパーSは当時の補機類もそのままでルーカス700スポットライトとフォグライトが合計4つランプバーに並ぶのはラリー・ミニのアイデンティティー。残念ながらランプバーは市販品でワークスオリジナルではない。このマシンには当初シングル・フィラメントのヘッドライトバルブ(66年モンテカルロ失格事件の元凶)が搭載されていていた、ワークスの証だ。革ベルトでヘッドライトガードを吊り、ボンネットストッパーもベルト式。バンパー下には2ヶ所にクイックジャッキ用ブラケットが着けられ、床下にはアンダーガードを装着、オイルサンプを護っている。サスペンションはエクステンドロアーアームでネガティブキャンバーを造り出している。

 アビンドン・コンペティション・デパートメントで造られたエンジンはダウントンヘッドを搭載。軽量クランクシャフトとフライホイールを持つグループ2仕様。フル・オーバーホールを施されている。イグニッションコイル、ディストリビューター、オルターネーター等の電装品もワークスの大容量強化型を搭載。このエンジンは無鉛燃料への改造をしておらず、燃料もエンジン性能もオリジナルに拘っている。オイルクーラー、4枚羽クーリングファンも装備していて。特に拘ったのはオリジナルのSUキャブレター。同じSUキャブでも、最新型の光り輝くスリム型を嫌い、旧型のままのごつい1.5インチH4のSUキャブを搭載している。グラハムの拘りだ。


 ミニのレストアが完成して、今至福の時を過ごしているグラハムだが、エンス魂は次のプロジェクトに動き出している。 次の目標は、ミニはミニでも異形のミニ、「ミニ・マルコスMkI」のレストアだ。1966年のマシンだが、これは66年に友達の手を借りながら、自分自身で一から組み立てた車だそうだ。
 遠い昔に青年グラハムが初めて組み上げたMkIミニ・マルコス。これが長い時間を経て、その個体を作り上げた本人のところへ帰ってくる。それをグラハムは蘇生させようとしているのだ。
 これこそエンス冥利に尽きるシチュエーション。もちろんバーバラの強い後押しもこのプロジェクトに強い追風となる。

 カーター夫妻の二人の息子さんは二人ともモータースポーツに関わり、次男のアダムは幾つかのF1チームを経て現在はウィリアムスのエンジニアを勤めている。カーター家は親子共々モータースポーツファンであり、エンスージャストなのだ。夫婦で、家族で車を愛し、車に係わるカーター一家。グラハムとバーバラは車との係わりを家族との係わりのように捉えている。
 クラシックミニのレストアも無理をせずゆっくりと自分たちの生活の一部に無理なく収め、その係わりの全てを楽しんでいる。もちろん他のクラシックカーのエンス達も同じような人達もいるはずだ。しかし多くのクラシックエンス達を尋ねてみて思うのは、ミニエンスだけは同じエンスージャストでも他から一線を画す独特の感性を持っている。それはミニを車ではなく、グラハムとバーバラのように生活の中で犬や猫や馬等と共存するような感覚。彼らのミニ感は生活を供に生きる第三子への愛情なのかもしれない。
 英国のデイリーメイル誌の日曜版サンデーメイル。1966年ビートルズやツイギー、そしてミニが活躍した栄光の英国から40年特集その表紙が、正にDWL20IDそのミニだ。これはBMCがアールズコートのモーターショーにショーカーとして出品したワークスラリーカー。正にその車が50年以上を経て、今カーター家のガレージにいるわけだ。このミニはきっとカーター御夫婦が旅立ったとしても、きっとまた誰かの元で走り続けるはずだ。そして変わり行くオーナー達の思いの全てを受け止めて永遠に生きてゆくはずである。



 ホビーとしてのレストアではあるのだが、レストアの過程の一つ一つにグラハムそしてバーバラの二人が過ごしてきた時間が滲み込んでいて、それは彼らの思い出絵巻。おそらく彼らの歩んできた人生そのものだろうと思う。
 たった一台のオースチン・ミニ・クーパー・S。小さく軽い豆粒車ではあるのだが、その小さな身体の中にはグラハムとバーバラの38年間の人生が搭載されている・・このミニだけでなく、世の中のミニ全てにその数以上の人の歴史と人生が関わっているはずだ・・ミニにはこう語っても何故か納得してしまいそうな・・そんな魅力が溢れていて、エンス達の心を魅了し続けるのである。